VOL.90 《夏が来れ〜ば、思い出す・・・》
この時期になると、僕は20数年前の高校時代を思い出します、
高校球児だったあの頃を。
今では考えられないような練習量、今では有り得ない様な(理不尽な)上下関係、今には無い根性論等など懐かしい限りです。

まず、僕らが高校の頃は練習中、1年生は水を飲んではいけない!という時代でした。今では考えられないですよね。今はとにかく脱水状態にならないようしっかり水分を摂って練習するようです。
僕らの頃、今じゃ、有り得ないでしょ〜〜なんてことが結構ありまして・・・・
「38度以下は平熱だ」と言われ、高熱で学校休んでいるのに練習出た事ありましたね〜。まあ、そこで病は気からって事を学びました(笑)
グランドの外で、「沖縄ナンバーの車が来るまでやれ」と言われ腕立て伏せをしたり・・・まあ、その時に無理なものは無理と知りました(笑)
ランナーいないのに、「満塁ホームラン、打ってこい」とOBの人に言われ、打てなかったから全員ケツバット!なんてこともあったり。まあ、そこで連帯責任ってものを学びました(笑)
相手の高校のマネージャーが可愛くて,、「試合が終るまでに電話番号聞きだせ!」なんて指令もあったな〜〜。そんな時は直接は聞けないんで、必死に塁に出てファーストのやつに聞いたりして。まあ、そこで急がば回れってことを学びました(笑)
まあ、こんなのごく一部で楽しい事、苦しい事、超苦しい事、辛い事、超辛い事、いっぱい有ったな〜〜(笑)
でも高校での3年間のお陰で、今生きれてるという部分が間違いなく僕にはあります。
特別なトレーニングなんてしてないのに、必要以上にある基本的体力&折れそうで折れない心(笑)間違いなく高校時代に養われたものですね〜。
普通に考えたら理に適ったトレーニングをし、先輩後輩が仲が良い今の時代のがいいに決まってるんですが、何故か昔の方が良かったな〜〜なんて、センチメンタルに浸ってしまうのは歳をとったからでしょうかね〜〜〜〜(笑)
2009.7.31 MARAHIRO
OBITSU
VOL.89 《三沢が・・・・》
プロレス好きの僕には、かなりショックな出来事でした。
超人気レスラーで抜群の強さを誇っていたのですが、NOAHという団体を起こしてからここ数年、社長業を兼任する激務からトレーニングする時間も限られるようになり、コンディションはボロボロになっていたみたいです。実際、ドクターストップの状態だったようです。
そんななかでも、NOAHのレスラーが病気やケガをすれば治るまで休ませ、自身は集客のため出続け、結果・・・・・・・・(涙)

なかには、『レスラーなんだから、リングで死ねて本望でしょ!』と言う人もいるでしょう。
確かに三沢はこれで間違いなく伝説の男になりました。
でも、やはりリングで死ぬのは違うと思います。
家族もいるし。
僕ら海の男も『海で死ねたら本望か?』と聞かれたら
僕は『いいえ』と答えます。海の男は海で死んだらダメなんです。
さて、三沢の男気を語るエピソードは山ほどあるのですが、ひとつだけ紹介します。
NOAH所属の人気レスラー秋山のブログから抜粋です
毎年1回家族で海外旅行に出掛けていた時、ホテルの部屋に入るとテーブルの上に現地のフルーツの盛り合わせが置いてあった。
僕は『このホテル気が利くな・・』と思いながらフルーツを見ると・・・
『家族でゆっくり楽しんで下さい。』とメッセージが添えられている。
名前を見ると‘三沢光晴’・・・
それが家族で行く度に毎回・・・。
そして、マル・橋と旅行に行った時も『ゆっくり楽しんでな・・』と添えられていた。
いろいろ思い出す度、『頑張らないとな!!!』です!
46歳、まだまだやりたいこと、いっぱい有ったはずなのに残念です。
最近、CSで三沢の追悼番組を録画しておいたのを、毎晩見るのが日課になってます。美南も一緒に見ます。真剣に見てるんです、美南も。
そして事件は起きました。
僕が布団でゴロゴロしてると、なんと、美南は僕にダイビングボディプレスを炸裂しました。それもなんと8連発!いくら体重8キロでもかなり堪えました(笑)
ダイビングボディプレスは三沢の得意技の1つです。
さらに美南がゴロゴロしてる時に、みさわっ、みさわっ≠ニ三沢コールをすると立ち上がるんです!そんな姿を見て、我が娘ながら思わず泣いてしまいました〜
人間、元気じゃないとね〜。猪木じゃないけど
『元気があればなんでも出来る!』
‘現金’があればもっとなんでも出来るんだけど・・・・(笑)
最後に、三沢さ〜ん、きっと、あなたの最年少のファンは僕の娘です。
天国でゆっくり休んでください。
そして僕のCメール着信音は、三沢の入場曲スパルタンX≠ノなりました。
2009.6.30 MASAHIRO
OBITSU
VOL.88 《KING OF ROCK》
5月2日に、歌手・忌野清志郎さんが亡くなりました。各ニュース番組でもトップで扱われたように、ショックを受けた人は多かったようです。
葬儀にはなんと4万3,000人が参列。これは昭和の大スター、石原裕次郎や美空ひばりよりも多かったというからビックリです。
僕自身ロックはあまり好きではないんですが、清志郎は結構好きなアーティストでした。矢沢永吉、佐野元春などもカッコイイけど、KING
OF ROCKといえば、やはり忌野清志郎でしょう〜!
清志郎の絶大な人気は、ロッカーとして権力や理不尽な体制に対しての怒りを曲として伝え続けたことがあげられると思いますが、その一方で切なくなるような珠玉のバラードも得意としていたので、清志郎のライブには若い女性も多かったようです。
忌野清志郎というと、派手なメイクに派手な衣装というイメージが強いですが、その反面、人柄はシャイで子煩悩で家族愛に溢れた人、というのも有名な話でした。
エピソードとして、清志郎が40後半になって突然自転車を始めたというのがあります。
それは、当時80代の父親が雪崩に巻き込まれた息子を助ける為、雪山に入り無事救助したというニュースを知って、
「どんな時も、子供を助けに行ける強いオヤジになりたい」
と、思ったからだそうです。
息子さんは20歳・娘さんは17歳だそうですが、今年の年賀状に至るまで毎年必ず家族写真を貫いたようです。年賀状に子供の写真を入れるなら赤ちゃんの時だけじゃなくて、子供が成長してもずっと家族写真を撮影できる家族っていいなあ、と思ったりして。
やりたいことをやり続け、家族も愛す。簡単そうで実は難しいですよね。
清志郎がカッコよかったのは、まさにそういう男だったからなんですよね。
僕もあんな男になりたいな〜、と思いますが、なかなかね〜〜。
せめて、何か真似しちゃおうかなと・・・・・
ライブの時など、清志郎は決めゼリフがありましたよね!
『愛し合ってるか〜い』『OK、ベイビー、最高だぜっ!』
これでライブは最高潮になりました。
僕もこれから海に行ったら、決めゼリフを!
『潜りあってるか〜い』『OK、ダイバー、潜降だぜっ!』
これで海、最高潮に〜!いや、ドン引きで干潮になったら、ある意味凄い(笑)
みんな付いて来てくれるかな〜?頼むぜ、ベイビー(笑)
2009.5.29 MASAHIRO
OBITSU